“不壊”

 

「これで、フエ?」

 

空中に光で示してやると、案の定、三志郎は眉間に酷い皺の寄せ方をした。

 

「楽器のフエって書くのかと思ってた」

 

「発音が違うだろー、イントネーションが」

 

「一文字ずつだよな?」

 

「あぁ」

 

「後ろの字、“壊れる”って読む?」

 

ほーぅ、と呟くと、むっとした顔が答えた。

 

「何だよ」

 

「兄ちゃんみたいな脳みそ足らん奴でも読めるんだな、と思ってな」

 

「フエ!」

 

バカにしてんのかー!?と飛掛って来るのを軽くあしらうと、余計三志郎はムキになった。分かりやすい奴だ。

 

 

 

「――でも、そしたらフエは壊れちまうのか?」

 

 

 

「はぁ?何言って――」

 

「だって、“壊れる”って」

 

あのなー、と溜め息を吐いて自分で記した文字を指す。

 

「兄ちゃんには他の字は読めんのか」

 

「他の字って」

 

「この“不”の字だ。これは否定辞」

 

「ひていじ?」

 

「打ち消しの意味を持つ言葉ってことだ。『~ではない』、単語の前にくっついてそういう意味を付け加える言葉」

 

つまりだな、と詳しい解説をしてやる辺り俺も苦労性だと感じる。

 

「“壊れる”って単語を“不”って文字が打ち消してるんだよ。だから不壊って言葉は“壊れない”って意味になる」

 

「“壊れない”……」

 

そう呟いてから、三志郎は安心したような顔をして見せた。最初の眉間の皺はどこへ行ったのか。

 

「良かったー」

 

「良かった?」

 

「うん」

 

「何が、良かったんだ?」

 

 

 

「フエが“壊れない”って分かって」

 

 

 

こっちの思考回路が自分の言葉で壊れそうになったことを、三志郎は気付くのだろうか。

 

 

 

「“壊れない”ってことは、“死なない”ってことだろ?そしたらオレ、フエとずっと一緒にいられるじゃん!」

 

 

 

呑気なもんだ。

 

 

 

叶わぬ願いを口にして、叶うものと信じて微塵も疑わない。

 

 

 

「兄ちゃん……俺が居なくなるって可能性は考えなかったのか?」

 

「え!?フエ居なくなっちまうのか!?」

 

そんな顔をするな。

 

「まさか。居なくなったら兄ちゃんが困るだろ?」

 

 

 

違う。

 

 

 

きっと、居なくなったら困るのは。

 

 

「そっか!良かった!」

 

 

 

俺の名は、不壊。

 

 

 

“壊れ得ぬ者”。

 

 

 

共に在れればと、願う者。

 

 

 

“有壊”であるお前が、“壊れる”まで。

 

 

 

 


文章を、お友達の有吉司様に頂きました!

勝手に挿絵描いて、ギャラリーにどうどうと置いてしまおうという魂胆です。

素敵な小説どうもありがとうございましたっ!!

 

妖逆門知らないのに書いてくれたんですけど。すごいなぁ。